2024年05月13日
リサーチをして良いインサイトは出せた、でもインサイトから提供物のデザインへの落とし込みにおいて、見出した発見が十分に活かされない、という問題が起こることがあります。
今回は、CX(顧客経験)改善のプロジェクト進行において、もっとしっかりとMOT(Moment of Truth:真実の瞬間)を設定・活用することで、より効果的な「インサイトからデザインへの落とし込み」を可能にするポイントについてお伝えします。
この記事は前後編の2回に分けてお届けします。
「MOT(真実の瞬間)」をビジネス用語として初めて使ったのは、1981年にスカンジナビア航空の最高責任者に就任し、当時赤字経営だった会社を1年で回復させたJan Carlzon(ヤン・カールソン)だと言われています。スカンジナビア航空の年間利用者1,000万人に対し、従業員5人が1人の顧客と接点を持つ時間は平均わずか15秒。彼はこの5,000万回のタッチポイント、その一つひとつを「真実の瞬間」と呼び、「真実の瞬間こそが会社の成功を左右する」と考えました。
つまり真実は体験を受け取る顧客の中にあって、ブランド・製品・サービスへの評価はそのわずかな顧客接点によって決まる、という考え方です。
彼は「もしもトレイテーブルが汚れていれば、乗客はその飛行機のエンジンも汚れていると思う」と考え、フライトの度にすべてのトレイテーブルのコーヒーの汚れを拭き取るよう清掃員に指示しました。目に見える細部から航空会社としての卓越性と安全性への取り組みの印象を形成し、それが会社を立て直すターニングポイントになったというのは有名な話です。
時は流れ2005年、アメリカP&Gの元最高責任者A.G. Lafley(アラン・ラフリー)は、新しく2つの「真実の瞬間」を提唱しました。3つ目は、同じくP&GのPete Blackshaw(ピート・ブラックショウ)によって後に追加されています。
第1の瞬間:顧客が店頭の商品を目にして、数秒の間に購入するかどうかを決める瞬間。
第2の瞬間:購入後、顧客が商品またはサービスを使用し、自分の期待を満たしているかどうかを感じ取る瞬間。(そして再度購入するかどうかを検討する)
第3の瞬間: 定期的にその商品・サービスを購入している一部の顧客が口コミなどを通じて、積極的なブランド支持者になる瞬間。
ラフリーは、それまで商品技術そのものの魅力で物を買ってもらおうとするプッシュ型のマーケティングを、こうした「お客様目線」のマーケティングにシフトさせ、当時のP&Gの経営不振を救ったと言われています。
更にその後2011年、Googleが新しい真実の瞬間である第0の瞬間(Zero Moment of Truth:ZMOT)を提唱。インターネットの普及により、私達は何か商品やサービスを購入したいと思う時、事前にその情報をオンラインで検索するようになりました。ZMOT=オンラインで事前に情報収集し、購入するかどうか決める瞬間です。
P&GとGoogleによって、対象とする領域が提唱されましたが、ここでもやはり、ここぞという「瞬間」に最高の体験を届けることの重要性が注目を集めました。
このように1980年代から提唱され、時代と共にその意味合いも少しずつ変化してきたMOTですが、弊社がお手伝いしている多数のプロジェクトでも「今回注目しているMOTは…」と、頻繁に会話に登場するようになりました。こうした会話の中で出てくるMOTは、厳密な定義があるというよりは「顧客ジャーニーの中における重要な瞬間」くらいの意味合いで使われていることが多いように感じます。
ここで、CX(顧客経験)改善の文脈でマッキンゼーが規定しているMOTの定義について見てみましょう。
「真実の瞬間」とは、カスタマージャーニーの中で、「顧客が大量の感情エネルギーを費やす瞬間。また、商品、ブランド、サービスに対する強固な印象を形成し、その後の顧客の意思決定に影響を与える瞬間」を指す。
例えば、旅先で財布をなくしてしまい、紛失の報告をするためにクレジットカード会社に電話する時のことを想像してみてください。その時のオペレーターの対応1つで、「サポートされた」と安心できるのか、「突き離された」と感じ更に落ち込むのか、受ける感情の幅には大きな差が出そうです。
こうした感情を大量消費する瞬間に何が起こるかによって、顧客自身のその後の体験にも影響がありますし、その時に接した企業に対する印象も強く残ります。つまり、企業がMOTをうまく扱えば、顧客のブランド・製品・サービスへの支持や愛着を高めることができ、そこでの対応が悪ければ、顧客を永遠に失う可能性があります。
実際、全顧客の3分の1 は、たった1 回の悪い顧客体験で、大好きなブランドから離れてしまうというデータもあるようです。MOTを漠然と重要な瞬間としてではなく、企業にとってまさに「勝負の瞬間」として捉え直すことが重要だと言えます。
では実際のプロジェクト進行において、MOTをどのように取り扱っていけば良いのでしょうか。
後編に続く:MOTを使ってCX改善プロジェクトに取り組むためのポイント
※本ブログは弊社グループ企業の株式会社mctの記事を元に制作しております