2023年05月31日
制作者にとって「ブランディング」というのは、とても便利な言葉です。たとえば、広告ポスターのキャッチコピー。コーポレートサイトのキーメッセージ。それらもブランディングと言ってしまえばブランディングの一つとも言えそうですし、そう言ってしまうことでなんとなく箔がつく感じがないわけでもありません。
ブランディングという概念は、制作者にとってある種の聖域のようなものにもなっていて、特にこれからの時代、「AIが考えたコピーと何が違うの?(価値があるの?)」という問いに対する、制作側の最後の拠り所のようなものになっていくのかもしれません。
企業のコミュニケーションをブランドの文脈で語ること自体は間違っていないんだろうとは思います。しかし「ブランド」と「ブランディング」は別物です。ブランドにINGがつくことによって、とたんに指し示す言葉の範囲が曖昧になります。なんとなく解るような気もするけれど、説明せよと言われると難しい。どこからが「ブランディング」で、何がそうでないのか。ブランドデザインとは違うのか。
制作者として明確に説明することのできない気持ち悪さを感じながら、制作現場では無造作にその言葉を使ってしまっている…。しかしそれは制作者として不誠実ではないか。ある時期からそう思うようになり、“制作物そのもの”を説明する言葉として、安易に「ブランディング」という言い方をしないように心がけるようになりました。
なぜ明確に説明できないのか。あらためて考えてみると、“制作物そのもの”を指してすなわち「ブランディング」と呼ぶことに無理があるからではないかと思うのです。
いい言葉ができた。素敵な世界観のグラフィックが仕上がった。それはおそらくブランディングの一環とはいえるのかもしれないけれど、ブランディングが目指しているのはおそらくそこではない、というのが私の考えです。
たとえば企業のキャッチコピー(タグライン)に関して言えば「御社のブランドが抱える課題をすべて解決するタグライン」とか、そんな都合のよいものは当然ありません。ミッション、ビジョン、最近ではパーパスなど、いろいろな概念がありますが、いずれにしても言葉はあくまでもシンボルに過ぎず、本当の意味でのブランド価値の向上であったり、現実の問題を解決したりするのは、「人の行動」にほかならないはずです。
当たり前すぎる話のようにも思えますが、思いのほかこの視点を見失いがちです。「ブランディング」という構えを意識しすぎると、なぜか形式的に言葉をつくることが目的になってしまうのです。言葉に魂が宿ることはなく、現実にブランドを背負っている現場の人々の思いとは乖離し、「それらしいお飾りの言葉を作って終わり」になってしまうのです。これは、クライアント側にはもちろん、制作側にとっても不幸なことです。クリエイティブに携わる者としては、自分の手掛けた表現が、現実の人の考え方や行動に影響できることほど大きな喜びはないと思うのです。
どれだけ巧みに考え出された言葉も「事実」の持つ強さには敵いません。これは自分への戒めでもありますが、イメージだけ取り繕った言葉は空虚ですし、イメージだけの言葉はバレます。受け手はイメージの先に、事実を読み取ろうとするからでしょう。ブランディングに取り組む以上は、まずはそこに立ち返るべきだと考えます。つまり、表現だけを考えているのではなく、ブランドのコアにある、事実に迫る仕事でなければならないということです。言葉のほうから事実に寄り添っていけば、現場の人々の思いから乖離することがありません。
ある業務用家具メーカー様のお仕事で、私はコピーライターとして、その会社のブランドとしての原点を「実用の椅子」と表現しました。戦後日本の高度成長を背景とした創業当時のお話や、工場関係者のモノづくりに対する思い、市場での評価…さまざまな「事実」を多層的にヒアリングしてきた中でたどり着いた、それは揺るぎようのないブランド固有の実像でした。
そこが定まると、企業のすべての活動やコミュニケーションに説得力が生まれてきます。そして「事実」は過去と現在からなる軌跡ですが、言葉に着地させることで、その言葉を起点として未来を語ることもできます。単に「事実」にとどまらない、物語の広がりを見出すことができたわけです。この言葉にたどり着けたのは偶然に近い幸運でした。たまたま同じ時代に、同じ仕事をご一緒しているという関係の中で、対話の中からこの言葉が生まれたことを考えると、偶然のようであり必然のようでもあり、不思議な気持ちになります。
この経験は私に、ブランディングというのは、必ずしも短いキャッチフレーズ=「点」で考えるのではなく、物語の相関図を編むように「線」と「面」で考えることが大切なんだな、という気づきを与えてくれました。伝えたいブランドの思いは、あえて短い言葉に抽象化する手段をとらず、手紙のように綴った文章の中に落とし込みました。このブランドにとっては、この形が最適と考えたからです。
事実に寄り添い、発見し、共感する力は、おそらくAIにも真似のできないクリエイティビティといえるのではないでしょうか。その踏み込み方にこそ、私たちの提供価値があると言ってもいいかもしれません。その価値を感じていただけるアウトプットをこれからも提供しつづけたいと考えています。
プランナー/コピーライター
奥 耕平「言葉による可視化」を私の仕事と考えています。企業や商品のブランディング、様々な企画やプロジェクトのキャッチフレーズなど、コミュニケーション全般のコンセプトメイキングが得意です。形にならない思いをアウトプットしたい、思いはあるけどうまく表現する言葉が見つからない、そんな企業様の課題解決のお力にきっとなれると思います。 第38回日本BtoB広告賞「製品カタログ単品の部」銀賞 第39回日本BtoB広告賞「製品カタログ総合の部」銅賞 「製品カタログ単品の部」銅賞