2025年04月09日
近年、多くの企業が発行するようになった「統合レポート(統合報告書)」をご存じでしょうか?
これは、財務情報と非財務情報をひとつのストーリーとして統合し、企業の持続的な成長や中長期的な戦略を伝えるための報告書です。従来のIR資料(アニュアルレポートやCSRレポート)とは異なり、財務の健全性だけでなく、環境・社会・ガバナンス(ESG)といった非財務要素を含めて企業の全体像を提示することが特徴です。
統合レポートは、株主や投資家だけでなく、従業員、取引先、地域社会、求職者など、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーに対し、企業価値を伝えるメッセージとなります。いわば、企業の「未来へのプレゼンテーションツール」と言える存在です。
かつては企業の評価は、主に財務実績や株価といった短期的な指標で測られていました。しかし、地球温暖化、サプライチェーンの倫理問題、人的資本の重要性といった社会課題が注目される中、非財務情報も企業評価の重要な要素となっています。
特にグローバル市場では、ESG投資の拡大や企業の社会的責任に対する期待が高まり、企業には“社会にどう貢献するか”“未来にどう向き合うか”という視点からの情報発信が求められるようになっています。統合レポートは、こうした社会からの要請に応えるかたちで進化してきたメディアなのです。
統合レポートの中でも重要なコンテンツのひとつが「中期経営計画」です。これは、企業が描く未来の成長戦略や事業展開の方向性を示すものであり、過去の実績報告だけでなく、「これからどうするか」を伝える役割があります。
統合レポートでは、中期経営計画の策定理由や実行状況、目標の進捗状況などが具体的に語られることが多く、単なる計画書ではなく「成長ストーリーの語り部」としての役割を果たします。社長や役員自らがその考えを語るケースも増えており、企業の本気度や姿勢がよりリアルに伝わるようになっています。
もうひとつ、統合レポートで近年重視されているのが「マテリアリティ(重要課題)」という考え方です。これは、企業が事業を通じて社会にどのようなインパクトを与え、またどのようなリスク・機会と向き合っていくのかを、社会の視点から捉え直すための枠組みです。
ここで重要になるのが「アウトサイドイン」というアプローチ。自社の視点から戦略を立てるだけでなく、社会やステークホルダーの期待を反映し、企業の活動や報告内容を設計していくという考え方です。
不確実性が高まる現代においては、内部の都合だけでは将来を語りきれません。だからこそ、マテリアリティという“外部起点”の視点が不可欠になってきているのです。
国際統合報告フレームワーク(IIRC)をはじめとした情報開示のガイドラインは、報告内容の透明性や客観性を担保するうえで大きな意義があります。とくに上場企業にとっては、国際的な投資家への対応や資金調達の信頼性にも寄与するものです。
ただし、ガイドラインに従いすぎることで、内容が形式的・画一的になってしまうリスクもあります。たとえば「価値創造プロセス」などの記載が、他社と似通ってしまい、その企業ならではの独自性が失われてしまうと、本来伝えるべきメッセージがぼやけてしまいます。
だからこそ、形式に縛られすぎず、自社の視点をどう織り込むか。そこが統合レポート制作の腕の見せどころです。
統合レポートの読者は、もはや投資家に限りません。最近では、学生や求職者が企業研究の一環として統合レポートを読むケースも増えてきました。従来の会社案内では見えてこない「企業の思想」や「社会への向き合い方」が垣間見えるからです。
このように、統合レポートは企業広報や採用ブランディングのツールとしても有効に機能し始めています。単なる報告書ではなく、企業の人格や方向性を伝える“シンボリックなドキュメント”へと進化しているのです。
統合レポートの本質は、情報を“開示”することではなく、“伝える”ことにあります。どんな未来を目指しているのか、社会とどう関わっていきたいのか。そうした企業の姿勢を、言葉と図解とストーリーで届けることが重要です。
情報開示はあくまで手段。その先にあるのは、企業価値の共感的な理解と、未来のパートナーとの新たな関係構築です。統合レポートを「社会へのメッセージ」として再定義し、戦略的に活用すること。それが、これからの企業に求められている視点なのではないでしょうか。
CXマネジメント部 シニアリーダー
奥 耕平「言葉による可視化」を私の仕事と考えています。企業や商品のブランディング、様々な企画やプロジェクトのキャッチフレーズなど、コミュニケーション全般のコンセプトメイキングが得意です。形にならない思いをアウトプットしたい、思いはあるけどうまく表現する言葉が見つからない、そんな企業様の課題解決のお力にきっとなれると思います。 第38回日本BtoB広告賞「製品カタログ単品の部」銀賞 第39回日本BtoB広告賞「製品カタログ総合の部」銅賞/「製品カタログ単品の部」銅賞 『BtoBコミュニケーション』(日本BtoB広告協会発行)25年3月号に寄稿